昨日、自転車のチューブ交換をしに、大学周辺にある自転車屋さんに行った。
そこはミニベロ、ロードバイクが置いてあるようなとこじゃなくて、ブリジストンが5、6台置いてある店、70歳のじいさんがその日のおまんま代を稼ぐくらいのパフォーマンスの店である。
イオンの中の新しいチャリ屋をはじめ、大学周囲にはいくつか店があるのだが、じいさんのとこに行っているのは、ビジネスドライなアルバイトに直されるよりも、昔ながらの温もりと戯れたいからである。細部にわたるメンテナンスからは自転車への愛着が感じられるし、じいさんの昔話を聞くのは単純に面白い。
トイレを借りたときに確認したかんじだと、長屋の土間をそのまま店にしていて、道路側から土間、リビング(テレビを見ながら客を待つスペース、一段上がる)、キッチンという空間構成。若い頃はSUZUKIの下請けで車の修理をその土間部分で行っていたらしい。
ぼくはもらったコーヒーを飲み、タバコを吸いまったりしながら、
じいさんはチューブ交換をしながら、
どーでもいい話をした。(どーもいい話をするのが久しぶりだった)
傍ら、僕はこのシチュエーション(現実)を覗き込む構図で客観視し、物語(虚構)を書くんならどんなだろう、小津ならどのコンポジション・アングルでとるんだろう(最近小津映画見まくってるのも関係すると思う)とか思考をめぐらしていていると、現実と虚構が重なるような変な感覚になった。
とりえずその感覚に"邦画っぽい"というネーミングをしてみたのだが、よくよく考えてみると客観視する構図に邦画っぽさを感じたのか、シュチュエーションが邦画っぽいから客観視する構図になったのか、スタートがわからなくなった。
ぱっと名付けたー"邦画っぽい"という抽象度の高い形容詞は、現実と虚構の関係を理解する媒体に成り得るんじゃなかと感じたので、今回はそんな"邦画っぽさ"ってキーワードに関してドライブさせましょうかと。
09/06/22
そこはミニベロ、ロードバイクが置いてあるようなとこじゃなくて、ブリジストンが5、6台置いてある店、70歳のじいさんがその日のおまんま代を稼ぐくらいのパフォーマンスの店である。
イオンの中の新しいチャリ屋をはじめ、大学周囲にはいくつか店があるのだが、じいさんのとこに行っているのは、ビジネスドライなアルバイトに直されるよりも、昔ながらの温もりと戯れたいからである。細部にわたるメンテナンスからは自転車への愛着が感じられるし、じいさんの昔話を聞くのは単純に面白い。
トイレを借りたときに確認したかんじだと、長屋の土間をそのまま店にしていて、道路側から土間、リビング(テレビを見ながら客を待つスペース、一段上がる)、キッチンという空間構成。若い頃はSUZUKIの下請けで車の修理をその土間部分で行っていたらしい。
ぼくはもらったコーヒーを飲み、タバコを吸いまったりしながら、
じいさんはチューブ交換をしながら、
どーでもいい話をした。(どーもいい話をするのが久しぶりだった)
傍ら、僕はこのシチュエーション(現実)を覗き込む構図で客観視し、物語(虚構)を書くんならどんなだろう、小津ならどのコンポジション・アングルでとるんだろう(最近小津映画見まくってるのも関係すると思う)とか思考をめぐらしていていると、現実と虚構が重なるような変な感覚になった。
とりえずその感覚に"邦画っぽい"というネーミングをしてみたのだが、よくよく考えてみると客観視する構図に邦画っぽさを感じたのか、シュチュエーションが邦画っぽいから客観視する構図になったのか、スタートがわからなくなった。
ぱっと名付けたー"邦画っぽい"という抽象度の高い形容詞は、現実と虚構の関係を理解する媒体に成り得るんじゃなかと感じたので、今回はそんな"邦画っぽさ"ってキーワードに関してドライブさせましょうかと。
09/06/22
1 件のコメント:
いいシチュエーションですね。
ただ一つひっかかるのは、昔ながらの温もりってフレーズ。
昔ながらってすごくいい響きだけど、言葉に置換したところですごく怪しいものになるんじゃないかな。
じいさんの醸し出す昔ながらの温もりってのが"昭和っぽさ"なのかそれとも自分の祖父から感じていたものなのかは解らないが、前者だとしたらかなり怪しいんじゃないかと思うわけです。
っていうのは僕ら(80's)の経験してる昭和なんてほとんど今の時代と変わらないわけで、若い世代が"Always~三丁目の夕日~"を観て懐かしいなんて思う感覚は、きっとメディアによる刷り込みなんじゃないかって。
きっと僕らの懐かしいはそんなところにはなくてビル群が立ち並んだでネオンがチカチカしている風景が原風景なのかなって思うのです。
話が逸れましたが、この場合の"邦画っぽさ"ってのは長屋形式の住居という空間からきてるのか、それともじいさんという登場人物からきてるのか、それとも二つの相乗効果が創り出してるんだろうか。
例えば、ビジネスドライなアルバイトを登場人物にして、場所はこのままでっていうストーリーを組み立てていったら邦画っぽさって消えていくのかな。
ビジネスドライなアルバイトも長屋形式の住居も今や日常的で、僕らにとっては当たり前ななことだけど、それらの要素をパズル的に組み替えていったらきっと日常が非日常になっていくんじゃないかな。
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